【フィリピンにおける仲裁制度の概要】

(1) はじめに

 フィリピンにおいて、「仲裁」とは、共和国法第876号(「仲裁法」)及び共和国法第9285号(「ADR法」)に基づく紛争解決手段の一つです。仲裁は、当事者の合意または適用される規則に従って選任された単独か複数の仲裁人によって紛争を解決する任意の紛争解決プロセスです。  

 仲裁をはじめとするADR(裁判外紛争解決手続)は、通常、解決までにはるかに長い時間を要する裁判よりも有利な方法とされています。裁判とは異なり、仲裁では、適用される実体法、紛争を裁定する仲裁機関や仲裁人、タイムテーブルを含む手続規則などを当事者が自由に決定することができます。また、原則公開手続である裁判とは異なり、仲裁手続は非公開の手続で進行します。さらに、当事者が別途合意しない限り、係争金額の最低額など仲裁を進めるための条件は存在しません。

 なお、ADRに属する他の手段として「調停」があり、こちらは紛争当事者間の交渉を促進し、自発的な合意に至るよう支援する紛争解決手段として位置づけられています。仲裁とは異なり、調停人は事件を判断することはなく、紛争が解決または和解に至らなくても調停手続は終了することがあります。

 仲裁には、国内仲裁と国際仲裁があります。国内仲裁には仲裁法が適用され、国際仲裁には、1985年UNCITRALモデル法(「モデル法」)を採択したADR法が適用されます。仲裁手続は、①当事者間の仲裁合意、または ②既存の紛争に対する当事者による仲裁への自発的な申立によって開始されます 。 

 以下の事項に関する論争は、仲裁の対象とはなりません。 

  1. 労働紛争
  2. 人の民事上の地位に関するもの
  3. 婚姻の有効性に関するもの
  4. 離婚
  5. 刑事責任
  6. 法律により解決できないもの

(2) 仲裁合意

 国内仲裁において、仲裁合意は書面として作成され署名が付されなければいけません。国際商事仲裁でも、仲裁合意は同様に書面であることが要求されています。ここでいう「書面」には、手紙、テレックス、電報、もしくは合意の記録を提供する他の電気通信手段も含まれています。契約書に仲裁条項として付されたり、別個の契約書として作成されたりしたとしても、正当な仲裁合意と認められます。  

仲裁合意があるにもかかわらず裁判が係属した場合、当事者は、裁判所に対し、仲裁による解決を促すことを要求することができます。この請求は、遅くとも準備手続(pre-trial)中に行わなければなりません。準備手続終了後に当該請求がされた場合、裁判所は、すべての当事者が同意した場合にのみ審査することができます。口頭弁論を行った後に、裁判所が仲裁合意の存在を認識し、かつ当該紛争の対象が仲裁による解決が可能であると認める場合、訴訟を停止し、当事者に対し仲裁での解決を促すことができます。

フィリピンでは、仲裁合意は主契約から独立していると考えられており、したがって、主契約が無効であっても、仲裁合意の有効性には影響しません。フィリピン法の学説上は、いかなる疑義も仲裁に有利に解決され、裁判所は、契約条項が許す限り、仲裁条項を有効にするよう義務付けられています。

(3) 仲裁機関

仲裁は、機関を通じて行われる場合と、アドホックに行われる場合があります。フィリピンの仲裁機関としては、以下が挙げられます。

  1. 建設業仲裁委員会(Construction Industry Arbitration Commission:CIAC)
  2. フィリピンにおける建設契約に起因する、または関連する紛争について、原始的かつ排他的な管轄権を有しています。 これらの紛争には政府契約や民間契約が含まれますが、雇用関係の紛争は含まれません。CIACが管轄権を取得するためには、紛争の当事者がこれを任意の仲裁に委ねることに同意しなければなりません。 
  3. フィリピン紛争解決センター(PDRCI)
  4. フィリピン商工会議所の仲裁委員会が1996年に設立した非営利団体です。海事、銀行、金融、保険、証券、知的財産などの専門分野における仲裁・調停を管轄しています。
  5. フィリピン国際紛争解決センター(PICCR)
  6. 2019年に設立された非営利機関で、紛争当事者には商事仲裁などのADRサービスや施設を提供し、弁護士や実務家には専門的なトレーニング、認定を提供しています。
  7. なお、仲裁費用は、仲裁機関によって異なります。手数料の額に影響を与える要因としては、係争額、ケースの複雑さ、仲裁人の数、提出された反訴の有無、および物流・管理費用の高低などが挙げられます。

(4) 強制執行とニューヨーク条約の適用性

フィリピンは、1967年7月6日にニューヨーク条約を批准し、締約国となりました。批准に際してフィリピンは、この条約は他の締約国内で行われた仲裁判断にのみ適用され、商業的とみなされる法的関係から生じる紛争にのみ適用されることを宣言しました。ニューヨーク条約に基づく仲裁判断の承認と執行は、特別ADR規則に従い、適切な裁判所において申立て、審理されなければなりません。