【ベトナムにおける仲裁制度の概要】

(1) ニューヨーク条約

 ベトナムは、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)に加盟していることから、ベトナム国内での仲裁手続に加え、ベトナム国外での仲裁手続を利用することも可能です。但し、後述するとおり、ベトナム国外の仲裁判断をベトナム国内で直接執行することはできず、ベトナムの裁判所で承認を得る必要があります。

 なお、ベトナム企業に対しベトナムの裁判所に訴えを提起することも可能ですが、一般的に、公正な判断が期待できない可能性があると指摘されています。また、ベトナム企業に対し日本の裁判所に訴えを提起することも不可能ではありませんが、仮に勝訴判決を得たとしても、日本の裁判所の判決をもって被告であるベトナム企業のベトナム国内の財産に対して執行することが、制度上、できません(日本とベトナムとの間で、裁判所の判決を相互に承認するような条約などが存在しないためです。)。したがって、ベトナム企業との間で契約を締結するにあたっては、紛争解決方法として、ベトナム国内か国外での仲裁手続によることを規定しておくべきであるといえます。

(2) ベトナム国内仲裁手続

 ベトナムの商事仲裁法では、機関仲裁(特定の仲裁機関の規則に従って手続が進められる仲裁)の他に、当事者が仲裁手続の内容を合意し、仲裁機関を利用せずにその合意に従って行う「アド・ホック仲裁」も認められています。しかし、「アド・ホック仲裁」を利用する場合、仲裁手続の具体的内容、仲裁人の人数、仲裁人の氏名や選任方法など仲裁を行う上で必要となる様々な事項をあらかじめ合意しなければならず、また、仲裁判断を執行する場合においても、機関仲裁に比べ必要な手続が増えることなどから、実務上では「アド・ホック仲裁」が利用されることはほとんどないとされています。

 ベトナム国内の常設仲裁機関としては、ホーチミン商事仲裁センター(TRACENT)、ハノイ商事仲裁センター(HCAC)、ベトナム弁護士商事仲裁センター(VLCAC)など多数の仲裁機関がありますが、最も取り扱い件数が多いのは、ベトナム国際仲裁センター(VIAC)です。

 機関仲裁を利用する場合、当事者間で書面により、紛争解決方法として仲裁手続を利用することを合意(仲裁合意)する必要があります。仲裁合意は、紛争が起こってからすることも可能ですが、現に紛争が起きている段階で仲裁合意をすることが難しいこともあることから、契約書を作成する時点であらかじめ仲裁合意条項を規定しておくことが望ましいでしょう。

 ベトナム国内の仲裁手続を利用するメリットとしては、外国仲裁に比べて費用が低廉になることが多いことと、外国仲裁の場合、後述するとおり、ベトナムの裁判所から執行承認を得る必要があるのに対し、ベトナム国内の仲裁の場合は、執行承認を得る必要はなく、直接、「民事判決執行機関」に執行を申し立てることができることが挙げられます。一方、デメリットとしては、国際的に利用件数が多い国外仲裁機関(例えば、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)など)に比べ、処理件数が少なく、経験不足などにより不合理な判断が為される可能性があることが指摘されています。

(3) ベトナム国外仲裁手続の執行

 ベトナム国外の仲裁機関を利用した場合、その仲裁判断をベトナム国内で執行するためには、ベトナムの裁判所で承認を受けなければなりません。承認を受けるためには、外国仲裁判断の効力が生じてから3年以内に承認の申請をする必要があります。申請を受けた裁判所は、ベトナム民事訴訟法が規定する不承認事由があるか否かを検討し、不承認事由の1つにでも該当すれば仲裁判断の不承認の決定を、全ての不承認事由に該当しなければ承認の決定を下します。裁判所により承認された外国仲裁判断は、「民事判決執行機関」に申し立てることにより、執行することができます。一方、不承認の決定がなされた場合、不服のある当事者は、15日以内に、高級人民裁判所に対して上訴することができるとされています。

 なお、過去には、ベトナムでは外国仲裁判断が承認される割合が低いこともありましたが、近年では、承認率は上がってきているとされています。