(1) 証拠保全の重要性と手法
従業員による不正の疑いが生じた場合、まず証拠の収集を行うことが優先事項となります。メキシコでは法的に内部調査の実施が義務付けられていませんが、不正を認知した段階で速やかに内部調査を開始し、関連する証拠を確保することが望ましいです。証拠収集の方法としては、主に以下のものが挙げられます。
- 聞き取り:不正に関与したと疑われる従業員や関係者に対するヒアリングを行います。調査は可能な限り、関係者のプライバシーに配慮する必要があります。
- 監視とログの確認:社内の監視カメラ映像や入退室記録、業務システムのログなど、不正行為の客観的証跡となり得るものを収集します。
- デジタル証拠の保全:不正の証拠が電子データとして存在する場合、専門的なデジタル鑑識手法で保全します。
収集した証拠は不正行為の事実関係を立証する基盤となる事が多いです。なお、調査過程で判明した法令違反行為について、必要に応じ所轄当局への報告や刑事告発を検討します。
(2) 懲戒処分の種類と適用基準
内部調査によって不正が確認できた場合、企業はその悪質性や重大さに応じて懲戒処分を検討します。以下は、労働実務で一般的に認められている懲戒処分の例です。
- 口頭注意:比較的軽微な違反行為や初回の不正行為に対しては、非公式な口頭での注意や指導が行われます。正式な処分記録には残りませんが、再発防止のための警告として位置付けられます。
- 書面注意:規律違反が再度発生した場合や、一定の重大性がある場合には、文書による譴責が行われます。この書面は、将来より重い処分を行う際の前提資料となり、会社が問題行為を把握し是正を指導した実績を示す証拠にもなります。
- 一時的な出勤停止:重大な規律違反や度重なる不正行為に対しては、一定期間就業を停止させる懲戒処分が科されます。なお、停職を命じる前には、従業員に弁明の機会を与え、事情を聴取する手続を踏まねばなりません。
各懲戒手段の適用にあたっては、不正行為の内容と深刻度、従業員の過失の程度、就業規則で定める処分基準などを総合考慮する必要があります。
(3) 解雇の可否と手続き
不正行為の内容が重大で、雇用関係の継続が困難な場合には、懲戒解雇を検討します。連邦労働法では、使用者が従業員を一方的に解雇できるのは法律で定められた正当理由がある場合に限られます。労働法第47条に列挙された正当理由には、「勤務中の不誠実な行為」「使用者や同僚・取引先に対する暴力、脅迫、侮辱」「業務上の重大な背信行為」などが含まれており、従業員による詐欺や横領等の不正行為は正当解雇事由に該当します。また、正当理由による解雇を行う場合、法律上定められた厳格な手続きを遵守しなければなりません。連邦労働法第47条は、正当理由で従業員を解雇する場合、使用者は「解雇の動機となった行為の具体的内容と日付を明記した書面」を作成し、従業員本人に渡すことを義務付けています。
解雇について従業員から労働訴訟が提起された場合、使用者は裁判所で従業員が正当解雇事由に該当する行為を行ったこと、そして先述の解雇通知書を適法に交付または届出したことについて、証拠をもって証明しなければなりません。証拠保全が求められるのは、この立証責任を果たすためでもあります。