(1) 社会保障制度の概要
メキシコでは、民間部門の労働者に対して、メキシコ社会保険庁(Instituto Mexicano de Seguro Social:IMSS)が社会保障制度を運営しています。この制度は、日本の厚生年金や健康保険に相当する公的保険を包含しており、医療保険、労働災害保険、障害・遺族年金、老齢年金などの給付が提供されます。
メキシコの年金制度は1997年、年金の財政的持続可能性を確保するために、賦課方式から個人積立方式(確定給付〔DB〕から確定拠出〔DC〕)へと移行しました。民間労働者の老齢年金については、民間の退職年金基金運用機関(Administradoras de Fondos para el Retiro:AFORE)が各労働者の個人口座を管理し、企業、従業員および政府が拠出する保険料が積み立てられます。
(2) 外国人(駐在員)の加入義務
メキシコの法律上、国籍に関わらず国内で雇用関係にある労働者は、IMSSの社会保障制度に加入させることが義務付けられています。メキシコ連邦社会保障法(Ley del Seguro Social)第15条は、全ての雇用主に対し、被用者となる者を入社日から5営業日以内にIMSSへ登録し、社会保険料を納付することを規定しています。この「被用者」には外国籍労働者も含まれるため、現地採用された外国人労働者はもちろん、日本からの駐在員であっても、メキシコ国内で企業の指揮命令の下に労務提供を行う場合には、IMSSに加入しなければなりません。仮に民間の海外旅行保険や日本国内の健康保険に加入していても、メキシコで就労する以上は法定の社会保険料の支払いと加入手続きが求められます。
もっとも、社会保障制度への加入は労働者にとって医療サービスや年金給付の受給権を得る重要な権利でもあります。IMSSに加入し保険料を納付することで、労働者本人およびその扶養家族は医療機関での診療を無料または低額で受けられるほか、疾病や労災で働けなくなった場合の所得補償、将来の老齢年金などの保障を受けることができます。外国人労働者であっても、IMSSへの加入によりこれらの社会保障給付を利用する権利が保障されます。
(3) 社会保障協定の有無
現時点で日本とメキシコの間に社会保障協定は締結されていません。社会保障協定とは、二国間で公的年金等の保険料の二重負担防止や加入期間の通算を行うことを目的に締結される協定ですが、日本とメキシコは協議を行っているものの、未だ締結には至っていません。このため、日本人駐在員の場合、一定期間を超えてメキシコで就労する際には日本の社会保険料も引き続き納めつつ、メキシコのIMSS年金への加入と保険料納付義務も生じることになります。結果として、企業と従業員双方に二重の社会保険料負担が発生する点には留意が必要です。