フィリピンに子会社を持つ日系企業の多くは、現地の雇用リスクを低減するため、マンパワーエージェンシーや外注業者の活用を検討しています。従業員の管理を外部に委ねられるうえ、労務トラブルも軽減できるようにみえるからです。しかし、現地法令を知らず外注業者を利用するうちに、企業が意図せずフィリピン労働法に違反してしまっているケースがあります。
フィリピンでは、日本で一般的な「労働者派遣(派遣先の指揮命令で働く形態)」は、そもそも禁止されている点に注意が必要です。
日本の労働者派遣法では、「自己の雇用する労働者を、他人の指揮命令を受けて従事させること」(労働者派遣法第2条1号)と定義され、派遣会社と労働者が雇用契約を結び、派遣先が労働者に指揮命令する構造が合法的に認められています。
しかしフィリピンでは、この“派遣”構造が「労働力のみの請負(Labor‐Only Contracting)」に該当しフィリピン労働法第106条により禁止されています。つまり、日本と同じ感覚で「アウトソース」や「人材派遣会社活用」を行うと、フィリピンでは違法となる可能性があります。
Labor-Only Contractingの横行と2017年省令(DO‐174)
フィリピンでは従来から、日本で適法な労働者派遣が禁じられていますが実際にはこれに違反する状態が多く存在しました。直接雇用によって生じる使用者責任(社会保障手続・有給付与・雇用終了プロセス等)を回避し、都合の良いタイミングで契約を終了させられるスキームとして広まっていたからです。
この労働者搾取の問題を是正するため、フィリピン労働雇用省(DOLE)は2017年に新省令DO‐174を発表し、「労働力のみの請負」をより明確に規定しました。
- 以下は、偽装請負(Labor-Only Contracting)とみなされる主な要件です。
①請負業者(労働者派遣でいうところの、派遣業者です。)が業務遂行に必要な設備・機材を保有していない
自前の資本・設備投資がなく、人材提供だけを行っている場合、請負とは認められず、発注者と人材との間で雇用契約が成立する
②請負業者の労働者が、発注者の中核業務に従事している
本来、業務は“付帯業務”に限られます。主たる事業領域に従事する場合、実態は派遣に近く、発注者と人材との間で雇用契約が成立すると判断される可能性が高まります。
③請負業者が労働者に対して指揮命令を行わず、発注者が実質的に管理している。
勤怠管理・業務指示・評価などが発注者主導で行われている場合、発注者と人材との間で雇用契約が成立するとみなされます。
- 一方、“合法的な請負”の要件(DO‐18A)には現時点で大きな変更なし
旧省令(DO‐18A)で定義されていた「正当な請負」の要件は以下の通りで、大きな変更はありませんでした。
①請負業者として会社登録をしていること
②自立した事業として成立していること
③自ら方法で、自らの責任の下サービスを提供すること
④業務遂行に関して発注者から管理監督を受けない(結果の評価は除く)
⑤請負業者として相応の資本を有する
⑥労働法に基づく労働者の権利・便益が確保されている
これらの条件を満たせば、外部請負は合法となります。
以上の要点を踏まえ、「労働力のみの請負」が問題となった判例を紹介します。
あるフィリピン企業A社がマンパワーエージェンシーB社と経理・事務職についての業務契約を締結しB社を通じてフィリピン人スタッフCらがA社で経理・事務としてサービスを提供しました。契約期間は6か月ごとの更新でしたが、1回目の更新のタイミングでA社はB社との業務委託契約を更新しないことを決定しました。これを受け、CらはA社が実質的な雇用主であると主張し「正社員化」等を求めて訴えを起こしました。
結果としては、最高裁はB社が「正当な請負業者」と認め、A社の実質的雇用主としての責任はないと判断されました。
判決において以下(1)~(3)が重要な要素となりました。
(1) B社は請負業者として会社登録をしており、相当の資本及び投資があった
まず、業務請負を行う場合、設備や資本を備えているのが当然である。
(2) B社は複数の取引先を持っておりA社のみ対象としたものではない
「1社専属」の請負は、偽装請負と判断されやすい
(3) Cらの勤怠管理はB社が実施しており、A社のCらの業務に対する指示も指揮命令権の行使とまではいえず、あくまで指針を示したに過ぎないものであった。
フィリピンでは、日本で一般的な派遣労働は違法となります。新省令(DO‐174)で基準が明確になりましたが、外注業者と名乗りつつ「労働力のみの請負」を行っている業者が依然多いのが現状であり、「知らぬ間に違法派遣の構造ができあがっていた」というケースが起こるため注意が必要です。






