(1) 労働法の改正
2025年11月21日、インド政府は突如、改正労働法の施行を発表しました。
インド憲法は、労働に関する事項を連邦政府と州政府の共同管轄事項として定めています(インド憲法 Schedule 7, list III)。
そのため、連邦法から州法にいたるまで無数の労働法令が存在しており、その全体像の把握が難しく、どの場合に、どの法令が適用されるかも分かり辛い等、非常に複雑な構造となっています。
このような複雑な労働法体系を整理するために、モディ政権の下で29の労働法(連邦法)を4つの法典に整理統合することが行われました。
4法典は、それぞれ
(a) 2019年賃金法 (Code on Wages, 2019)(以下、「賃金法」という)
(b) 2020年労使関係法 (Industrial Relations Code, 2020) (以下、「労使関係法」という)
(c) 2020年社会保障法(Code on Social Security, 2020) (以下、「社会保障法」という)
(d) 2020年労働安全衛生法(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)(以下、「労働安全衛生法という」)
といい、いずれも2020年9月頃までには成立して、インド官報で公表されていましたが、これまで施行スケジュールが明らかでなく、いつ施行されるのか不明のままでした。しかし、今般、インド政府は2025年11月21日に、同日付でこれら4法典を施行することを発表しております。
(2) 改正労働法の施行状況
新しく施行される4法典は、細部のルール等を施行規則や州が定める州法に委ねている部分がありますが、こうした施行規則や州法は未だ未整備です。
報道等によると、インド政府は、新年度である2026年4月1日を目途に施行規則を整備する方針で検討をしているようです。そのため、施行が発表されたといえども、実質的にはまだ旧法から新法への移行期間であるといえます。
この点、移行期間中は、新しい労働法典と矛盾しない範囲で旧来の法令が引き続き有効であるとの政府の見解も出ております。
しかし、法令の施行スケジュールが不透明なインドでは、この移行期間がいつまで続くのか定かでない部分もあります。
そのため、可能な限り早めに社内の雇用条件の見直し等を進めておく必要があります。
(3) 主な改正点
新しい労働法の改正点は多岐にわたりますが、以下では主なものを簡単に紹介いたします。
ア 賃金法
従来、賃金(Wages)の定義は法令ごとに異なっていましたが、賃金法典により定義が統一されました。給与や手当など支払いの名目にかかわらず、金銭あるいは金銭と同視できる報酬を意味し、基本給、物価調整手当、残留手当を含むものとされています。住居手当や家賃手当等の一定のものについては、賃金の定義から除外されていますが、報酬総額の2分の1、または中央政府が通知するその他のパーセントを超える場合、当該超過額分は報酬とみなされ、賃金に加算されるので注意が必要です。
また、これまで一定の範囲の従業員のみに最低賃金が定められていましたが、賃金法典では中央政府がすべての従業員に適用される最低賃金を定めることとされています。
イ 労使関係法
労使関係法では、ワーカー(worker)の定義が拡大されました。
インドの労働法は労働者をワーカーとノンワーカーに区別しており、ノンワーカーは雇用主と対等に近い関
係としてその労働条件は主に当事者間の雇用契約によって規律される一方、ワーカーは法令上手厚い保護
が与えられます。
この点、従来の法令ではワーカーは、雇用条件が、明示的か黙示的かを問わず、あらゆる産業において、有償又は報酬を得て、未熟練・熟練、技術的、作業的、事務的、監督的業務を行うために雇用されている者と定義されており、監督的(supervisory capacity)な立場として雇用され、月額10,000ルピーまたは中央政府が定める額を超える賃金を得ている者はワーカーに含まれないとされてきました。
しかし、新しい労使関係法では、ワーカーに含まれない者の範囲が監督的な立場として雇用される者のうちで、賃金が月額10,000を超える者から18,000ルピーを超える者に変更され、ワーカーの定義が拡大されました。
ウ 社会保障法
従来、社会保障制度であるEPF(従業員積立基金)への加入義務は、法令で定める一定の産業に属する事業所等に課されていましたが、新しい社会保障法では、20名以上の従業員を雇用するすべての事業所に、加入義務があります。
エ 労働安全衛生法
従来、雇用契約は口頭の成立でも認められ、特定の書面の作成までは求められていませんでしたが、新しい労働安全衛生法では、雇用の際にアポイントメントレターと呼ばれる雇用契約書の作成義務があります。
また、従来、労働時間等の条件は、工場かそれ以外の店舗・オフィス等の施設かによって、適用される法令が異なっていましたが、新しい労働安全衛生法では就労場所の区別なく、1日の労働時間を8時間と定めています。
また、これまで、女性の午前6時前及び午後7時以降の時間の勤務は認められていませんでしたが、新たに、本人の同意があればこの時間帯での勤務も可能となります。






