⑴マレーシア労働安全衛生法(OSHA)の概要
労働安全衛生法(Occupational Safety and Health Act 1994)は、職場における就労者の安全、衛生、および福利を確保するための基盤となる法律です。2022年に成立した改正法(Occupational Safety and Health (Amendment) Act 2022、以下「OSHA」という)は、2024年6月1日に施行され、マレーシア全土のほぼすべての職場に厳格な安全基準を課すものとなっています。以下、改正法について概説します。
⑵ 適用範囲
適用範囲については、公共サービスおよび法定機関を含むマレーシア全土のすべての職場へと拡大されました(OSHA1条⑵)。ただし、①家事従事者(domestic servant)としての家事雇用関係、②軍務(兵役)、③特定の海商規則の適用を受ける船舶上の業務については適用除外とされています(OSHA第1附則)。
⑶ 雇用主概念の再編と義務
(ⅰ) 雇用主概念の再編
改正により雇用主に関する概念が再編され、以下のとおり定義されました。
① Employer:他人を従業員として雇用する旨の役務契約(contract of service)を締結している者(OSHA 3条⑴(v))
② Principal:通商、事業、専門的職務若しくは自己が請け負った業務について、contractorとの間で、当該業務の全部又は一部を当該請負人又はその指揮下の者に実施させる旨の契約を締結している者(OSHA 3条⑴(xviii))。
③ Contractor:Principalの通商、事業等の目的のためにPrincipalが引き受けた業務の全部又は一部を遂行するためにPrincipalと契約する者(OSHA 3条⑴(iv))。
(ⅱ) 職場の安全等確保義務
Employerは、従業員の職場における安全、健康および福祉を確保する義務を負います(OSHA15条⑴⑵)。
Principalは、自己の指揮下で業務を行う請負人・下請人・間接下請人およびこれらに雇用される従業員の安全衛生を確保するため、実行可能な範囲で必要な措置を講じる義務を負います(OSHA18A条(1))。ただし、当該義務はPrincipalの指揮下で業務が行われる場合に限り適用されます(同条(2))。また、Principalは、上記対象者以外の第三者の安全衛生に配慮する義務も負います(同条(4))。
雇用主・自営業者・Principal(以下「雇用者等」)が講じるべき具体的措置には、安全な設備・作業システムの提供・維持や建設作業や設備・物質の取扱い等に関する安全確保などが含まれます(OSHA18A条(3))。
これらの義務に違反した場合、500,000リンギット以下の罰金もしくは2年以下の拘禁刑またはその両方が科せられます(OSHA19条)。
(ⅲ) リスクアセスメント実施義務
OSHA18B条が新設され、雇用者等はリスクアセスメント(就労場所における危険源に起因する安全衛生上のリスクの評価および適切なリスク管理措置の決定プロセス)の実施が法的義務とされました。また、リスク管理措置が必要と判断された場合には、当該措置を実施する義務を負います。
これに違反した場合、500,000リンギット以下の罰金もしくは2年以下の拘禁刑またはその両方が科せられます(OSHA19条)。
(ⅳ) 情報提供義務
雇用主等は設備や物質の設計・製造・輸入・供給者は、設備・物質の安全性確保および必要な情報の提供義務を負い、新たな安全衛生リスクが判明した場合には情報を改訂して供給先に提供する義務も負います(OSHA20条、21条)。また、従業員も、合理的な注意義務の履行、保護具の着用、雇用主の指示・措置への遵守および雇用主への協力義務を負います(OSHA24条)。従業員による義務違反に対しては2,000リンギット以下の罰金が科せられます(OSHA24条(2))。
⑷ 従業員の権利と組織体制
(ⅰ) 従業員の権利拡張
新設されたOSHA26A条において、従業員は、就労場所に差し迫った危険(imminent danger:設備・物質・状況・活動・工程・慣行・手順・就労場所の危険源に起因する死亡または重大な身体傷害の重大なリスク)が存在すると信じる合理的な理由があることを雇用主等またはその代理人に告知したにもかかわらず、雇用主等が当該危険を除去するための措置を講じない場合、当該危険または業務から離脱する権利を有します。この権利行使を理由とした不利益な取扱いは禁止され(OSHA26A条(2))、検査・調査への協力者も保護対象となっています(OSHA27条(1)(d))。差別行為に対しては100,000リンギット以下の罰金が科せられます(OSHA27条(3))。
(ⅱ) 安全衛生コーディネーターの任命義務
安全衛生担当者(Safety and Health Officer)の配置が義務付けられている就労場所以外において5人以上の従業員を雇用する雇用主は、従業員の中から労働安全衛生調整者(Occupational Safety and Health Coordinator)を1名任命し、就労場所における安全衛生上の問題を調整させなければなりません(OSHA29A条(1)、(2))。なお、既に安全衛生担当者を配置している雇用主は、本条を遵守しているものとみなされます(同条(3))。違反した場合、50,000リンギット以下の罰金もしくは6ヶ月以下の拘禁刑、またはその両方が科せられます(同条(4))。
(ⅲ) 安全衛生委員会の設置
40名以上の従業員を雇用する就労場所、または労働安全衛生局長の指示がある就労場所では、雇用主に安全衛生委員会の設置が義務付けられています(OSHA30条(1))。違反した場合には、100,000リンギット以下の罰金もしくは1年以下の拘禁刑、またはその両方が科せられます(OSHA30条(4))。
(ⅳ) 労働安全衛生講習の受講義務
担当大臣は、官報への命令掲載により、特定の種類または種別に属する者に対して、登録訓練提供者(Registered Training Provider)が実施する労働安全衛生訓練課程の受講を義務付けることができます(OSHA31A条(1))。雇用主は、当該訓練課程を修了していない従業員を、当該訓練が必要とされる業務に従事させることができません(同条(2))。同条(2)に違反した雇用主には、50,000リンギット以下の罰金もしくは6ヶ月以下の拘禁刑、またはその両方が科されます(同条(4))。
⑸ 設備の安全管理体系
工場機械法(Factories and Machinery Act 1967)が廃止され、その規定がOSHAに統合されました。具体的には、①就労場所の占有・使用に関する届出義務(OSHA27A条)、②設備の設置承認(OSHA27C条)、③適合証明書(Certificate of Fitness)の取得および定期検査(OSHA27D条、27E条)、④特別検査制度(OSHA27F条)等が盛り込まれました。
担当大臣が指定するクレーンや圧力容器等の規定設備(prescribed plant)を設置するには、労働安全衛生局長の書面による承認を取得しなければならず(OSHA27C条(1))、設置後は、適合証明書の発行を受けなければ、当該設備を操業することができません(OSHA27D条(1))。適合証明書なしに設備を操業した場合、職員は操業禁止の書面による通知を発することができ、当該通知に違反した場合は500,000リンギット以下の罰金もしくは2年以下の拘禁刑、またはその両方が科されます(同条(7))。
⑹ 実際の事例
2024年8月10日、リサイクル工場において、紙ロールの点検作業中に作業員が死亡する事故が発生しました。報道によれば、調査の結果、工場側が安全な作業システムを提供していなかったとして、職場の安全等確保義務(OSHA15条⑴)違反で起訴されました。工場側は有罪答弁を行い、同年10月8日、裁判所はRM100,000の罰金を言い渡しました。本件は改正されたOSHAのもとで起訴された初の事例であり、労働安全衛生局は本判決を機に業界全体に対して厳格な法令遵守を改めて求めています。






