⑴ マレーシアにおけるオンライン誹謗中傷に関する法制度について
マレーシアにおいて、1998年通信マルチメディア法(Communications and Multimedia Act 1998、以下「CMA」という)が、通信網施設、通信サービス又はアプリケーションサービスを通じて行われる不適切な通信の一定の類型を規律する刑事規定を設けています。これらの規定は、一定の類型のオンライン上の誹謗中傷的な通信に適用され得ます。
① 通信網施設又は通信サービスの不適切な利用
私人がオンライン上で誹謗中傷的となり得る通信を行った場合に適用され得る主要な規定の一つとして、CMA233条があります。
ア 構成要件
同条⑴(a)は、(ⅰ)通信網施設、通信サービス又はアプリケーションサービスを用いて、(ⅱ)わいせつ、下品、虚偽、脅迫的又は著しく不快な性質を有するコメント、要求、提案その他の通信を、(ⅲ)他人を困惑させ、虐待し、脅迫し若しくは嫌がらせをする意図をもって、又は他人に対して詐欺若しくは不正行為に関わる犯罪を行う意図をもって、(ⅳ)知りながら作成し又は開始する行為を犯罪としています。
これに加えて、同条⑴(b)は、発信者の身元が明らかにされるか否かを問わず、(ⅴ)継続的に、反復的に、又はその他の方法により、(ⅵ)いかなる者をも困惑させ、虐待し、脅迫し若しくは嫌がらせをする意図をもって、(ⅶ)通信を開始する行為をさらに対象としています。
イ 罰則
同条⑴に違反した者は、50万リンギット以下の罰金若しくは2年以下の拘禁刑に処せられ、又はその併科に処せられます。また、有罪判決後に当該違反が継続する日ごとに5,000リンギットの罰金が加重されます(CMA233条⑵)。
ウ 18歳未満の被害者に対する加重規定
同条⑴(a)違反が18歳未満の子どもに対して行われた場合には、法定刑が加重されます。具体的には、50万リンギット以下の罰金若しくは5年以下の拘禁刑、又はこれらが併科されます。これに加えて、有罪判決後に当該違反が継続する日又はその一部の日ごとに5,000リンギットの追加の罰金が科されます(CMA233条⑶)。
エ 商業目的でのわいせつな通信の提供
さらに、同条⑷は、知りながら、通信サービス又はアプリケーションサービスによって、いかなる者に対しても商業目的でわいせつな通信を提供する行為、又はその者の管理下にある通信サービス若しくはアプリケーションサービスが当該行為のために利用されることを許す行為を犯罪としています。同条⑸により、当該犯罪を犯した者は、有罪判決を受けたときは、100万リンギット以下の罰金若しくは5年以下の拘禁刑に処せられ、又はこれらが併科されます。これに加えて、当該違反が継続する日又はその一部の日ごとに1万リンギットの追加の罰金を科されます。
② 下品なコンテンツ等の提供の禁止
コンテンツアプリケーションサービス提供者(CASP)が、わいせつ、下品、虚偽、脅迫的又は著しく不快な性質を有するコンテンツを提供することは禁止されています(CMA211条⑴)。2025年の改正により、同条は専らCASPに適用されることとなり、個人が単にコンテンツアプリケーションサービスを利用してコンテンツを投稿したというだけでは、当該個人が同条に基づく責任を負うことはありません。
③ ライセンシーの一般的義務
ライセンシーは、自らが提供する通信網施設又は通信サービスが、マレーシアのいかなる成文法に基づく犯罪の実行のために利用されることを防止する義務を負います (CMA263条)。これに加えて、ライセンシーは、マレーシア通信・マルチメディア委員会(MCMC)又はその他の当局からの書面による通知を受領した場合、当該書面による通知に従う必要があります。当該書面による通知に従わなかったライセンシーは、100万リンギット以下の罰金若しくは3年以下の拘禁刑に処せられ、又はこれらが併科されます(同条⑶)。同条は、ライセンシーに課される規制上の義務として機能するものであり、それ自体では、個々の被害者がライセンシーに対して、誹謗中傷的とされるコンテンツの削除を直接強制することを可能にする私法上の権利を創出するものではありません。
⑵ 民事上の救済措置
① 民事上の誹謗中傷の法的枠組み
マレーシアにおける誹謗中傷に対する民事責任は、主として1957年名誉毀損法 (Defamation Act 1957)によって規律されますが、同法はオンライン上の誹謗中傷に特に対応する規定を定めていません。1956年民事法 (Civil Law Act 1956)も同様に、オンライン上の誹謗中傷について独立した制度を設けていません。
なお、民事法3条⑴(a)は、マレーシアの成文法に従うことを条件として、関連するイギリスのコモンロー上の原則の適用について規定しています。これにより、誹謗中傷を規律するコモンロー上の原則は、オンライン上の投稿についても適用される場合があります。一般に、被害者は、当該表現が誹謗中傷的であること、被害者を指すものであること、及び第三者に対して公表されたことを含む誹謗中傷の必要な構成要件を立証しなければなりません。
② 事前訴訟開示
オンライン上で誹謗中傷を行ったとされる者の身元が不明である場合、被害者は当該公表について責任を負う者を特定するための情報を得る目的で、当該関連情報を保有していると考えられるプラットフォーム運営者又はインターネットサービスプロバイダーを含む者に対し事前訴訟開示(Norwich Pharmacal Order)を申し立てることができます。2012年民事訴訟規則(Rules of Court 2012)24編7A条が、かかる申立てのための手続上の根拠を規定しています。
訴訟提起前に申立てを行う場合は、当該関連情報を保有していると考えられる者を相手方として、原告命令(originating summons)によって申し立てます。他方、訴訟が既に開始されており、当事者以外の者に対して申立てを行う場合は、申立通知書(notice of application)によって行います。いずれの場合も、申立人は、求める文書又は情報を特定し、それらの当該訴訟又は当事者の特定との関連性を説明し、開示を求める相手方が当該文書又は情報を占有又は管理している可能性が高いことを示す宣誓供述書により疎明する必要があります。この手続は、今後の訴訟における相手方の特定を容易にすることを目的とするものであり、訴訟提起前の証拠を得るための単なる一般的手段として利用することは想定されていません。また、裁判所が別段の命令をしない限り、申立人は当該命令に従うにあたって開示を求められる者が合理的に負担した費用を補償基準(indemnity basis)により負担することを求められる場合があります。
③ サーバー・プラットフォームに対する削除の請求
CMAにも、名誉毀損法にも、個々の被害者に対し、プラットフォームにコンテンツの削除を求める権利を付与する一般的な明文の規定は存在しません。
サーバー・プラットフォームに対する削除を実現する方法としては、(ⅰ)CMA212条に基づき業界自主規制団体が策定するコンテンツコードの苦情審査局(Complaints Bureau)への苦情申立て、(ⅱ)プラットフォームのコミュニティガイドライン・利用規約に基づく任意の削除対応の要請、(ⅲ)MCMCへの直接の申立て(MCMCがCMA263条に基づきライセンシーへの書面通知等の権限行使を検討する)、(ⅳ)民事訴訟における差止命令の申立て、の4つが考えられます。もっとも、(ⅰ)〜(ⅳ)はいずれも、被害者に削除を強制する私法上の権利を付与するものではなく、法的拘束力を伴わない任意の対応又は行政上の運用にとどまるため、実効的な削除を法的に強制するためには、(ⅳ)の差止請求によることが基本的な方法となります。
④ 差止命令を求める民事上の権利の有無
1950年特定救済法 (Specific Relief Act 1950)は、差止命令による予防的救済の枠組みを規定しています。同法50条は、差止命令による予防的救済について、同法52条⑴は、原告のために存在する義務の違反を防止するための永久的差止命令について規定しています。誹謗中傷の事案においては、同条の義務には誹謗中傷的な内容を公表しないという義務が含まれ得ます。
差止命令は、裁判所の裁量による救済方法の一つです。特に、誹謗中傷訴訟における一時的差止命令又は中間的差止命令(interim or interlocutory injunction)は、表現の自由に配慮して、慎重に扱われます。この点、イギリス判例法上のBonnard v Perryman原則が、マレーシアでも採用されています。同原則によれば、被告が「投稿内容は真実である(真実性の抗弁)」等の抗弁を主張している場合、裁判所は、その抗弁が明らかに成立し得ないと言い切れる場合を除き、一時的差止命令を認めない傾向にあります(The New Straits Times Press v Air Asia [1987] 1 MLJ 36参照)。
したがって、投稿内容が真実か否かについて被告側に実質的な言い分がある場合には、訴訟の途中で一時的差止命令を得ることは難しく、裁判所は、その真偽については終局判決(本案審理)で判断すべきであると考える傾向にあります。






