(1) 雇用契約
① 雇用契約とは
雇用契約とは、書面によるか口頭によるかを問わず、労働者が使用者のために労働することに合意し、使用者が労働の期間に対して賃金を支払うことに合意する契約をいいます(タイ労働者保護法 (Labour Protection Act 以下、「法」といいます) 第5条)。雇用契約は必ずしも書面によりなされる必要はないため、使用者に雇用契約書の作成義務はありません。しかし、雇用契約の内容や条件を明確化し、後の労働紛争を未然に防止するためにも、雇用契約書を作成しておくべきであるといえます。
② 記載すべき事項
会社において既に就業規則が制定されている場合には、細かな規則や規律、罰則等の詳細内容を雇用契約書に記載しなくても、「記載のない部分については、就業規則による」とすることができます。しかし、就業規則がまだ制定されていない場合には、会社として明確にしておきたい事項については、全て詳細に記載しておくべきであるといえます。
以下では、雇用契約書作成の際に、最低限記載しておくべきと考えられる事項について、説明します。
(a) 雇用期間
雇用期間の定めがある場合には、その始期、終期を記載する必要があります。また、雇用期間の定めがない場合でも、雇用期間の始期を明確に記載しておくべきでしょう。試用期間を設ける場合には、試用期間の終期をいつまでとするのかについて、記載すべきでしょう。法上、120 日以上継続して勤務した従業員を解雇する場合、会社は当該従業員に対して解雇補償金を支払わなければならないとされています(法118 条)。そのため、解雇補償金の支払義務が発生する120日より前の日(試用開始から119日)を試用期間の終期として設定している会社が多いように思われます。もっとも、試用期間中の解雇の場合でも、一賃金支払期間前までに、書面による事前の解雇通知を行う必要がある点には注意が必要です(法17 条2項)。
(b) 賃金、就業日、労働時間、業務内容、労働場所
賃金や、就業日、労働時間(休憩時間の定めを含む)について記載する必要があります。業務内容については具体的に明記するとともに、将来的な業務の変更も考慮し、包括的な条項も入れておくべきです。従業員が遅刻した場合の賃金の取扱いについて定めがある場合には、その旨も記載しておくべきでしょう。また、労働場所について2か所以上の場所での労働が予定されているような場合には、その旨も記載しておくべきでしょう。
(c) その他の事項
会社として従業員に必ず守らせたい規律事項については、雇用契約書に記載し、雇用契約締結の際に説明することが望ましいでしょう。また、従業員を解雇する際の会社による事前通知の期間や、従業員が退職する際の会社への事前通知の期間、懲戒解雇となる条件等についても、従業員に理解してもらうために記載しておくべきでしょう。③ 作成言語雇用契約書の作成言語は、当事者間で記載内容を理解できる言語であれば何語で作成しても問題ありません。会社内での共通言語として英語が指定され、当該従業員が英語を十分理解できる場合には、英語にて雇用契約書を作成しても問題ないでしょう。しかし、記載内容の解釈に齟齬が生じる場合もあるため、当該従業員の母国語にて作成するのがより望ましいでしょう。雇用契約書を複数の言語で作成する場合には、どの言語が優先言語となるか、明記すべきでしょう。
(2) 就業規則
① 就業規則の作成
タイにおいては、会社が10名以上の従業員を雇用している場合、会社はタイ語での就業規則を作成するよう義務付けられています。そして、会社は従業員の数が10名以上となった日から15日以内にその就業規則を掲示し、就業規則の写しを常時事業所に備え付ける必要があります。さらに、会社は従業員が容易に就業規則を閲覧・入手できるよう、就業規則を事業所に公開する等の対応をとる必要があります(法108条)。
従業員数が10名未満の場合、法的には、会社に就業規則を作成する義務はありません。しかし、労使間での紛争を未然に防ぐためにも、就業規則を作成しておくことが望ましいでしょう。
② 就業規則の必要的記載事項
就業規則には、少なくとも以下の8つの事項について、その詳細が記載されなければならないと定められています(法108条1項)。
(a) 就業日、所定労働時間、休憩時間
(b) 休日、休日取得に関する規則
(c) 時間外労働、休日労働に関する規則
(d) 賃金、時間外労働手当、休日労働手当、休日時間外労働手当の支払期日および支払場所
(e) 休暇日、休暇取得に関する規則
(f) 規律、罰則
(g) 苦情申立て
(h) 解雇、解雇補償金、特別解雇補償金
③ 就業規則作成時の注意点就業規則は、会社における従業員の行動規範となるものであるため、会社の事業運営に応じた就業規則を作成する必要があります。雛形の安易な流用は、後の紛争リスクを高めることにつながります。休日に関する定めや、休暇取得時のルール、時間外労働・休日労働手当の定め等、それぞれの会社に応じた内容で、明確に、従業員に理解し易い文章で作成することが重要です。
また、懲戒処分に関する事項については、就業規則に定めた規律違反行為をその処分の対象とするため、どのような行為が規律違反行為に該当し、懲戒処分の対象となるのか、詳細に定めておく必要があります。
さらに、就業規則については、従業員がその内容を正しく理解していることが前提となります。したがって、全ての従業員が就業規則の内容を正しく理解できる言語で作成すべきです。上述のとおり、従業員10名以上の会社ではタイ語での就業規則作成が義務付けられていますが、日系企業の場合には、日本人の従業員も理解できるよう、日本語訳又は英語訳を作成しておくことが望ましいでしょう(ただし、タイ語版のものが効力を有しますので注意が必要です)。
④ 就業規則の改訂
就業規則の改訂に関して、会社が一方的に従業員にとって不利な変更をすることはできず、原則として従業員からの同意が必要となります。不利益変更について従業員から同意を得ることは難しいと考えられるため、就業規則作成時にはその点を踏まえ、会社の将来の事業展開等も考慮に入れたものを作成する必要があります。